リン酸仮説:2.コンポーネントからプロトセルの形成
このページでは,化学進化初期に,リン酸や糖,アミノ酸といったビルディングブロックが重合してコンポーネントを形成するようすを考えてみる.
化学進化が進行している場では,ビルディングブロックは今日のように収束しておらず,雑多な物資から構成されていたはずだ.
また,コンポーネントは直鎖ではなくてあちこちで分岐したポリマーであったはずだ.
便宜上,コンポーネントをプロトリン脂質とプロトポリマーに分類する.
- 糖とリン酸とのポリエステルにペプチドがエステル結合したものをプロトポリマー
- 糖とリン酸とのポリエステルに脂肪酸がエステル結合すればプロトリン脂質
プロトポリマーは,タンパク質や核酸の遠い先祖である.
プロトリン脂質ミセルから細胞様の構造が生成したと考え,これをプロトセルと称する.
プロトセル内の疎水的な環境が微酸性であれば,加リン酸分解や脱水縮合反応等の反応が進行し,コンポーネントが成長する.
目次(ページ内リンク)
ビルディングブロックコンポーネント
模式図による整理
プロトセルの性質
ビルディングブロック
リン酸仮説で利用しているビルディングブロックを列挙する.
- リン酸:反応物質しては,リン酸無水物(リン酸ジエステル)が重要
- 糖:ヌクレオチドの伸長を論じる場合はリボース,糖代謝を論じる際にはグルコースやフルクトースを使う
- 塩基/塩基前駆体:ヌクレオチド用の核酸塩基,エネルギー代謝用のニコチン酸やフラビン.化学進化初期は塩基ではなく前駆体のアミンとする
- アミノ酸:通常のアミノ酸を使う
- 有機酸,脂肪酸:脂肪酸は生体膜の構成成分,有機酸は糖・有機酸代謝の構成物と使い分ける
化学進化では,豊富に安定して存在した物質が利用されたはず.上で列挙した化合物と異なるであろうことは言うまでもない.
また,ビルディングブロックは化学進化の出発時点で必要充分量存在していたとする
コンポーネント
ビルディングブロックから生成しうるコンポーネントを下の表にまとめた.
第 1 行および第 1 列は,ビルディングブロックである.
リン酸(POOH) | カルボキシル(COOH) | ヘミアセタール(HCOH) | |
---|---|---|---|
リン酸 | リン酸無水物(POOPO) | - | - |
カルボキシル(脂肪酸,アミノ酸) | リン酸-カルボン酸無水物(POOCO) | カルボン酸無水物(COOCO) | - |
ヘミアセタール(リボース) | ヘミアセタールリン酸エステル(POOCH) | ヘミアセタールエステル(COOCH) | 1,1-グリコシド(HCOCH) |
ヒドロキシル(リボース;ROH) | リン酸エステル(POOR) | カルボン酸エステル(COOR) | O-グリコシド(HCOR) |
アミン(アミノ酸;ANH) | リン酸アミド(PONA) | ペプチド(CONA) | N-グリコシド(HCNA) |
アミン(塩基前駆体;BNH) | - | - | N-グリコシド(HCNB) |
コンポーネントの生成反応の多くは,現代では,高エネルギーリン酸化合物を利用する反応である.
したがって,化学進化を考えるなら,これらの反応は単純な脱水縮合ではない.
これに相当するものは,リン酸無水物によるカルボキシル基およびヘミアセタール基の「活性化」を経由する反応と考える.
模式図による整理
ビルディングブロックの模式図
ビルディングブロックの模式図を作成した.
リン酸,糖,塩基,アミノ酸,脂肪酸のつもりである.
プロトリン脂質とプロトポリマーの模式図
コンポーネントの生成反応を組み合わせると,ペプチジル-tRNA やリン脂質に似たイメージの物質となる.
典型的な組み合わせに対して名前をつける.
- プロトリン脂質:糖リン酸エステルの糖残基が脂肪酸で修飾されたもの
- プロトポリマー:糖リン酸エステルの重合物の糖残基が塩基やアミノ酸で修飾されたもの
糖と塩基の結合は N-グリコシド結合,他の結合はエステル結合である.
模式図のプロトポリマーの重合度は 3 で,脂肪酸,アミノ酸,および塩基が結合している.
次のような想定をする.
- プロトリン脂質を,リン脂質の祖先分子とする
- プロトポリマーを,核酸,タンパク質などの祖先分子とする
- 化学進化初期においては,核酸塩基とニコチンアミドやフラビンとの区別はない
- 化学進化初期においては,リン脂質,核酸,タンパク質,および一部の補酵素などの区別はない
プロトセルの模式図
プロトリン脂質やプロトポリマーは,両親媒性物質である.
脂肪酸残基を一定以上結合して限界ミセル濃度を超えれば,ミセル化してプロトセルを形成する.
画像は,プロトリン脂質による二重層の概念図である.
プロトセルが化学進化の場となり,最終的に,酵素や核酸などが生成したと想定する.
化学進化の進行とともに,ミセル状のプロトセルは,多重層リポソーム状のプロトセルに進化したと考える.
プロトセルの性質
プロトセル内の環境分化
プロトセルを例えば W/O/W エマルジョンとすると,内部に親水性領域と疎水性領域を有する.
親水性領域には親水性物質の,疎水性領域には疎水性物質の,取り込みや蓄積が進行するであろう.
また,プロトセルどうしの融合もありうる.
プロトセルが存在していた環境が原始海洋の熱水噴出口近傍のように,酸性であったとすると,
疎水性領域では脱水縮合が起こりやすく,親水性領域では加水分解が起きやすいであろう.
プロトセルに対する安定化
プロトセル内部での化学反応と外部との物質の授受による安定化をまとめた.
物質の授受は,コンポーネントとプロトセル内外との親和性に依存する平衡反応である.
初期の化学進化での選択圧になりうるのではないか.
- 不安定コンポーネントの安定化
- 安定化コンポーネントの取り込み
- 不安定化コンポーネントの脱離・排出
- 安定化コンポーネントの生成
- 不安定化コンポーネントの分解
プロトセル内での反応が何に進化しなければならないか
例えば,以下の化学進化を説明する必要がある.前途遼遠である.
- ビルディングブロックの収束(光学異性体,位置異性体を含む)
- 高分子の伸長方向の決定
- 遺伝コードの成立
- 中間代謝の成立
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