ホスホグリセレートキナーゼ

ホスホグリセレートキナーゼの PDB ファイルから酵素基質複合体を単離し,反応モデルの構築を試みた.
この反応は可逆反応であり,解糖経路では,1,3-ビスホスホグリセリン酸 + ADP → 3-ホスホグリセリン酸 + ATP の反応が利用される.
還元的ペントースリン酸回路ではその逆反応, 3-ホスホグリセリン酸 + ATP → 1,3-ビスホスホグリセリン酸 + ADP の反応が利用される.
解糖経路と還元的ペントースリン酸回路で同じ反応が利用されているということは,生命の起源あるいは化学進化において重要な役割を果たしたことを示しているのではないだろうか.

1,3-ビスホスホグリセリン酸のカルボキシル基と ADP のピロリン酸基が対向したモデルが構築できた.
カルボキシル基とピロリン酸基との間でリン酸を授受するのに都合がよさそうである.

インフォメーション

PDB ファイル

PDB ファイルは,RCSB PDB: Homepage から入手した.
このページでは,PDB ID 13PK,PDB ID 2PAA の 2 個の PDB ファイルを使う.
前者は Trypanosoma brucei(ブルーストリパノソーマ)由来,後者は Mus musculus(ハツカネズミ)由来である.

ソフトウェア

分子モデルの作成は Builcule,一部の分子モデルの表示には Detrial を使った.
密度汎関数法による計算は PSI4で,分子軌道の表示は Gabedit でおこなった.

目次(ページ内リンク)


モノマーの単離:PDB ファイルから目的とするタンパク質モノマーを分離する
反応モデルの構築:単離したモノマーを編集して反応モデルを構築してみる

モノマーの単離

ホスホグリセレートキナーゼ

PDB ファイルには 4 量体として記述されていたので,Builcule でモノマーを単離した.

画像は,13PK から単離したモノマーを Detrial で表示したものである.
ADP と 3-ホスホグリセリン酸は空間充填様式で CPK 色に着色した.タンパク質はリボン様式で二次構造で色分けした.
緑色の球は Mg2+ である.

ホスホグリセレートキナーゼは,2 個のドメインを有し,片方は ADP を保持し,他方は 3-ホスホグリセリン酸を保持している.
これらのドメインは,→ で示した部分で, 2 本のペプチドにより連結している.
連結部分の構造が変化して ADP と 3-ホスホグリセリン酸が衝突するとか,そういうことだろうか?

試料とした PDB ファイルに含まれている基質をまとめておく.

タンパク質の重ね合わせ

2PAA と 13PK を重ね合わせたようす

2PAA モノマーと 13PK モノマーをアラインメントし,配列にしたがって重ね合わせた.
以下,煩雑になるので,「モノマー」を省略する
重ね合わせたようすを画像に示す.赤色が 2PAA,青色が 13PK である.

上側のドメインを見ると,青色の 13PK が赤色の 2PAA より,下側のドメインに接近しているように見える.
13PK の方が,反応機構のモデリングには適しているのかもしれない.
含まれている基質と相対的な構造の違いをまとめると,

ADP/ATP の重ね合わせ

ADP/ATP の重ね合わせ

画像は,13PK の ADP と 2PAA の ATP をリボースの炭素を基準にして重ね合わせたようすである.
ATP の γ-リン酸と 3-ホスホグリセリン酸の位置関係では,反応しそうにない.
ADP と ATP を入れ替えて反応モデルを構築することは不適当と判断した.

活性中心の抽出

13PK の活性中心

画像は,13PK の ATP と 3-ホスホグリセリン酸,およびそれらから 5Å 以内に非水素原子が存在するアミノ酸である.
ATP と 3-ホスホグリセリン酸は空間充填様式で,アミノ酸残基は棒球様式で示した.
2 個の基質は酵素によって強固に包囲されているように見える.

反応モデルの構築

ADP と 3-ホスホグリセリン酸にリン酸を結合

ADP と 3-ホスホグリセリン酸にリン酸を結合

上の観察で, ADP と 3-ホスホグリセリン酸のコンフォメーションは固定されていると仮定した.
そこで,ADP と 3-ホスホグリセリン酸を単離し,それぞれにリン酸を結合することにより反応モデルを構築した.
画像の (1) は ADP にリン酸を結合したモデル,(2) は3-ホスホグリセリン酸にリン酸を結合したモデルである.
解糖経路では (2) → (1) の反応,還元的ペントースリン酸回路では (1) → (2) の反応が触媒される.

このモデルが反応中間体からどの程度ずれているか把握しておく.
(1) と (2) のモデルを重ね合わせれば,新たに付加されたリン酸の「移動距離」を測定できる.
測定してみたところ,約 1.5Å であった.
このモデルと反応中間体のずれは,高々約 1.5Å となる.

モデル化合物酢酸-リン酸無水物の分子軌道

酢酸-リン酸無水物の分子軌道

このページ作成時点で,反応機構を理解できていない.
上の分子モデルから反応機構を下のように考えた.

  1. ADP の β-位の酸素が 1,3-ジホスホグリセリン酸の 1-位のリンを攻撃
  2. 1,3-ホスホグリセリン酸のカルボン酸とリン酸との結合が開裂
  3. ATP と 3-ホスホグリセリン酸が生成

3-ホスホグリセリン酸はリン酸が 2 個あって,部分解離型にすると処理が難しい.
例えば,構造を最適化している間にプロトンがリン酸間を移動したりする.
ここでは,モデル化合物として酢酸-リン酸無水物の計算結果を示す.

画像 (1) は,リン酸が 2 解離型である酢酸-リン酸無水物の LUMO である.
メチル基の水素が引き抜かれそうな軌道である.

画像 (2) は,リン酸が 1 解離型である酢酸-リン酸無水物の LUMO である.
リン酸のヒドロキシ基上に LUMO が広がっており,水素と酸素の軌道は反結合性である.
プロトンが引き抜かれ易いと解釈する.

画像 (3) は,リン酸が非解離型である酢酸-リン酸無水物の LUMO である.
カルボニル炭素上に LUMO が広がっており,この炭素が求核攻撃を受けやすいと解釈する.

いずれもリン原子の上には LUMO は分布しておらず,リンが求核攻撃されるモデルは構築できていない.
タンパク質の側鎖か Mg2+ の力を借りるしかないのかもしれない.


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